奇跡のハスラートライアングル

「ハスラー」

スズキの軽自動車の名前だ。

我が家ではこの単語が頻繁に飛び交う。

3歳の息子の、大のお気に入りなのだ。

息子はスズキの車の写真入り紹介本(1歳の親友から強奪)を愛読しており、そこに載っているハスラーに一目ぼれした。

そして当然の成り行きとして、車道で実際に動くハスラーを見れば追いかけるようになった。

保育園の送迎のため自転車を漕いでいるとき、前方にハスラーを発見すれば

「ハスラー!ハスラーだ!!追いかけて!!顔を見せて!!」

と無茶な指示が飛んでくる。

顔…

ハスラーの顔…

きみはこういう顔が好みなのか…

自転車が車にかなうはずもなく、ハスラーは彼方に去っていく。

「また別のハスラーに会えるよ」と慰めるも、結局ハスラーは現れないまま、保育園に到着する。

肩を落とす息子に対して、なぜかわたしが罪悪感を抱く羽目になる。

そして子どもたちを送り終わった帰路に限って、ハスラーは立て続けに現れたりする。

しかも赤、深緑、青…色とりどりのハスラーがまるでわたしをあざ笑うかのように走り去っていく。

くッ…なぜ今頃…

おのれハスラー…!!

気づけば親子でハスラーに夢中になっていた。

というか、ハスラー狂親子になっていた。

横断歩道や信号を渡るときの左右確認も、もはらハスラー探しに主眼を置くようになった。(←おい)

第一発見という重要な任務を託されるのは前部座席に乗る1歳の娘だ。

「あっ アスラー!あっ アスラー!」とやたら連呼する。

しかし彼女はハスラーと他車種との違いを把握しきれていないらしく、

「あれはホンダのエヌワンだよ!」

「あれはバスだよ!!頼むよほんと!!」

と私たちに突っ込まれることが多い。

ハスラーハスラー詐欺だ。

そんなある日。

「今日はハスラーいなかったね~。」

お迎えの帰り道、もう間もなく自宅というところで信号待ちをしていた。

「あっ ハスラー!」

叫ぶ息子の指さすほうを見ると、左の店舗駐車場にハスラーが鎮座していた。

小ぶりなのに、何だか堂々とした居住まいだ。

止まっているハスラーもいいねえ~。

3人で惚れ惚れしていると、青だった反対側の信号が黄色に変わった。

もうすぐ青信号だ、とペダルを踏みだそうとしたとき、今度は右の坂道を下ってくる格好で青いハスラーが反対側の信号の下に止まった。

「!!」

わたしたちは息をのんだ。

そして右を向いている視界の後方に、まさかの3台目ハスラーが近づいてくるのが見えた。色は漆黒だ。

「!!!!!」

これは…!!

奇跡のハスラートライアングル!!

まさに、瞬く間の出来事だった。

信号がすぐに変わったので、トライアングルが形成されていた時間は1秒もなかっただろう。

しかし一瞬でも、私たちは満足だった。

娘も事の重大さを認識していたようで、駐輪場につくまで誰も言葉を発さなかった。

ちなみに我が家に今月やってきた新しい車(中古)は、スズキのソリオです。

ちいさな もの書き屋

文章づくりを通じて、誰かが誰かに思いを伝えるときのお手伝いをいたします。 個人の方や小さな団体・企業様の、ホームページやブログ、メルマガ、チラシ等の文章作成やリライト、記事・コラム・エッセイの執筆を請け負います。